肺性心

■概要
肺性心(cor pulmonale, pulmonary heart disease)は、呼吸器系のさまざまな異常の結果生じた心筋の障害、特に右室の拡張•肥大である。

•1961年WHO:肺の機能および/または構造に影響を及ぼす疾患により惹起された右室肥大。ただし、先天性心疾患および左室障害によるものは除く。
•1979年NYHA(New York Heart Association):一次性に肺、肺血管または肺ガス交換を障害して肺高血圧をきたす疾患が存在し、その過程で右室拡大または右室不全が起こること。
⚠この右室拡大(enlargement)は、右室拡大(dilatation)および/または肥大(hypertrophy)を意味している。

肺性心には、重症の肺血栓塞栓症による急性肺性心や悪性腫瘍の転移などにより、数ヶ月の経過をとる亜急性肺性心などの概念も存在するが、一般的に肺性心といえば慢性肺性心を意味している。

■病因•病態生理
•肺性心では右室に対する後負荷(肺高血圧)が右室拡大の主因である。
I . 肺血管型肺性心:主に肺血管床の減少と機能的攣縮に起因している。
1. 原発性肺高血圧症
2. 肺血栓塞栓症
3. 血管炎
4. その他

II. 換気障害型肺性心:主に低酸素性肺血管攣縮に起因している。
• 低酸素性肺血管攣縮:肺胞の酸素分圧の低下→局所での換気血流比を維持するため周囲の肺動脈が収縮して血管抵抗を増加する現象。肺全体で低酸素性肺血管攣縮→肺高血圧をきたす。
• 換気障害にともなう高炭酸ガス血症やアシドーシス→低酸素性肺血管攣縮を増強させる。
• 慢性呼吸器疾患では、肺構造の改変にともない器質的に肺血管床が減少。肺血管のリモデリングによる肺血管床の減少もある。
• 低酸素血症持続→多血症→血液の粘性を高める→肺血管抵抗を増大→肺高血圧悪化

a. 気道•肺胞の空気通過障害
1. 慢性閉塞性肺障害(COPD)
2. 各種間質性肺炎•肺炎
3. 肺結核後遺症
4. 肺肉芽腫症(サルコイドーシス)
5. その他

b. 胸郭運動障害
1. 脊椎後側湾症、胸郭変形
2. 胸郭形成術後
3. 肺結核後遺症
4. 神経筋疾患
5. 肺胞低換気症候群(特発性、肥満など)
6. 睡眠時無呼吸症候群
7. その他

■発生機序
肺性心発生機序

肺性心発生機序2

症状
• 呼吸困難:初期は労作性であるが、進行すると安静時にも認めるようになる
• 顔面•下肢の浮腫やうっ血肝による腹部膨満感
• 易疲労感
• 咳嗽
• 血痰
• 失神発作

■身体所見
右心不全に付随するもの
• 顔面浮腫
• 頸静脈怒張
• 肝腫大
• 腹水
• 下腿浮腫

聴診
• II音肺動脈成分(IIp)音の亢進
• 右心性S3ギャロップ(奔馬調律)
• 肺動脈駆出性雑音
• 肺動脈閉鎖不全による拡張期雑音(Graham Steel雑音)
• 三尖弁閉鎖不全による汎収縮期雑音

■検査
a. 胸部X線写真
• 基礎疾患による肺野の異常
• 右室拡大による心拡大
• 肺高血圧による右肺動脈下行枝拡大および左第2弓の突出

b. 心電図
• 右室肥大→QRSベクトルは右方に向かう→右軸偏位、右側胸部誘導の高いR波、V5.6誘導の深いS波
• 右脚伸展によるV1誘導qRパターンや右脚ブロック
• 右房負荷所見として、肺性P波(Ⅱ, Ⅲ, aVF誘導におけるP波振幅増大)
• 肺性心の心電図診断基準は、特異性は高いが、感度(50%前後)に問題がある。

c. 心臓超音波検査
• 右室容量の指標として、心尖部四腔断面像における拡張末期右室径/左室径比≧0.9で右室拡大
• 断層法で心室中隔の奇異性運動(左室側への偏位)を認める
• ドプラ法を用いて三尖弁逆流の最大速度から右房右室圧格差の推定も可能

d. MRI•心筋タリウムシンチグラフィー
• 右室容積の算出が可能

e. 右心カテーテル検査
• 肺動脈圧
• 肺血流量
• 肺血管抵抗
• 肺高血圧の判定基準:肺血管型では平均肺動脈圧≧25mmHg, 換気障害型≧20mmHg

■診断
肺性心の診断
•肺性心は肺の疾患の存在による肺循環の障害によって肺動脈圧の亢進をきたし、右心室の肥大拡張が生じる状態と定義される。
•左心不全によるうっ血性心不全は除外する。
•肺高血圧は必須であるが、右室拡大がなければ肺性心とはいえない。
•右心カテーテル検査が最も信頼性が高い。
•非観血的には現病歴•身体所見からその存在を疑い、胸部X線•心電図から推定し、心臓超音波検査で診断可能である。

■治療
a. 酸素療法
• 換気障害型肺性心に対する酸素療法の有用性は確立している。酸素分圧を上昇させることにより、低酸素性肺血管攣縮を抑制して肺血管抵抗を低下させる。
• 急性増悪時には、各種モニター下に酸素投与を行う。非侵襲的陽圧換気法(noninvasive positive pressure ventilation; NPPV)や気管挿管にようる人工呼吸管理も必要。
• 慢性期には、在宅酸素療法(home oxygen therapy;HOT)が肺性心の発生や進行阻止に有効で、長期予後を改善する。しかし、慢性呼吸不全例では高濃度酸素吸入は呼吸抑制により高炭酸ガス血症を招く可能性があり、動脈血ガス分析のモニターが必要である。

b. 薬物療法
①利尿薬:右心不全で浮腫、腹水、うっ血肝などがみられるときに投与する。
②強心薬
③血管拡張薬:肺血管抵抗を低下させる目的で使用される。
•Ca拮抗薬大量投与
•プロスタグランジンI2
•アンギオテンシンII受容体拮抗薬
•一酸化窒素(NO)吸入は選択的に肺血管を拡張させる効果が報告されている。
④抗凝固薬
肺血管型肺性心では、微小肺血栓が病状を進行させ、多血症が血栓を形成しやすくするため、ワーファリンなどの抗凝固療法が行われる。

■経過、予後
•予後は基礎疾患や症例により大きく異なる。
•平均肺動脈圧が高いほど予後は不良とされている。
•呼吸器感染症を契機に右心不全が惹起されることが多い。
•死因は換気障害型では呼吸不全が、肺血管型では右心不全が多く、肺血管型の特徴は突然死が多いことである。

■患者指導、ケアのポイント
•感染•呼吸筋疲労などの増悪因子除去と栄養状態改善が重要
•呼吸は数のみでなく深さ•性状•リズムを観察、特に努力性呼吸を見逃さないことが重要
•感染予防のために口腔の清潔が重要
•感染早期発見のために体温測定、喀痰の量•性状•色を観察する。
•酸素療法•禁煙指導も大切である。