僧帽弁閉鎖不全症(mitral regurgitation;MR)

■概念:僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁の閉鎖が障害され、収縮期に左室から大動脈へ駆出される血液の一部が左房へ逆流する。

■病因:
僧帽弁複合体(mitral complex):弁尖、弁輪、腱索、乳頭筋:いずれの異常でも弁の閉鎖は不完全となり、逆流を生じることとなる。
•慢性の原因:リウマチ性、僧帽弁逸脱、虚血性、弁輪拡大、弁輪石灰化
•急性の原因:腱索断裂(特発性、粘液腫様変性、感染性心内膜炎など)、弁尖の穿孔(ブドウ球菌による感染性心内膜炎)、乳頭筋断裂(急性心筋梗塞)、人工弁機能不全などがある。
•近年、リウマチ性↓、僧帽弁逸脱、腱索断裂、虚血性↑
•虚血性僧帽弁逆流は、乳頭筋異常(断裂、収縮不全)、乳頭筋付着部の外側偏位、弁輪拡大など、心筋梗塞に合併して生じるもので予後を悪化させる。
•虚血性心疾患や拡張型心筋症において、左室拡大に伴い乳頭筋が後外側に偏位すると、弁尖を強く牽引し、弁尖の可動性が制限され、接合不全をきたす。これをtethering(テザリング:鎖につながれて自由に動けないという意味)とよび、機能性僧帽弁逆流(弁自体に器質的変化のない場合の逆流)の機序と考えられる。

MR病因

■病態生理
僧帽弁の閉鎖不全が生じると、本来、肺静脈から左房へ流入する血液に逆流したぶんが加わり、容量負荷のため左房および左室が拡大する。逆流量が多ければ心臓への負担が大きくなり、高度逆流では前方駆出血液量の低下から心拍出量は低下する。
•慢性の場合:容量負荷に対する代償機転として左房や左室は拡大し、左房圧の上昇は緩徐であるため肺うっ血は生じにくい。
•急性の場合:腱索断裂や乳頭筋断裂による急性の高度逆流が生じた場合、代償性の左房、左室拡大がないため、急激な逆流に対応できず、心拍出量の低下および急激な左房圧上昇により高度の肺うっ血、肺水腫の状態となる。

■症状
•慢性の僧帽弁閉鎖不全では、容量負荷に対しての代償機転が働くため、臨床症状が出現しにくい。中等度の逆流でも、無症状で経過し、検診などで心雑音を指摘されてはじめて本症と診断されることもある。心機能が低下し代償機転が破綻すると、息切れや労作時呼吸困難などの心不全症状を呈してくる。
•急性の僧帽弁閉鎖不全では、急激な肺うっ血や肺水腫のため、突然の呼吸困難や起座呼吸などの急性左心不全症状が出現する。特に、乳頭筋断裂(急性心筋梗塞の合併症)では、心拍出量が低下して心原性ショックとなる。

■検査と診断
a. 聴診所見:心尖部における高調性の全収縮期雑音が特徴的である。Ⅰ音はしばしば減弱し、Ⅲ音を聴取することもある。
b. 胸部X線:左房拡大の所見に左室拡大による左第4弓突出が加わり、心陰影は拡大する。心不全状態になれば、肺うっ血や胸水貯留を伴うようになる。
MR/Xp
c. 心電図:左室容量負荷を反映して左側胸部誘導のR波増高や、僧帽弁狭窄症と同様の左房負荷所見を認める。慢性の経過で左房拡大が強くなると、心房細動を呈するようになる。
d. 心エコー図検査
•断層法:僧帽弁の形態異常、中等度以上の逆流があり経過が慢性であれば、原因には関係なく左房、左室の拡大と左室壁運動の増大(左室容量負荷所見)を認める。しかし、急性の逆流では、左室壁運動は増大するが、左房や左室の拡大はないか、あっても軽度である。このような所見から、慢性か急性かの推定がある程度可能である。
•カラードプラ法:僧帽弁逆流のシグナルより重症度を評価することができる。通常、左房内を3等分し、逆流シグナルの最大到達度より、軽症(mild)、中等度(moderate)、高度(severe)の3段階に分類する半定量法が簡便であり広く用いられている。
僧帽弁逸脱
感染性心内膜炎では疣贅(vegetation)が特徴的である。
e. 心臓カテーテル検査:左室造影によるSellers分類で重症度評価が行われる。

■治療
a. 内科的治療:通常の心不全の治療と同様に、運動制限、塩分制限、酸素吸入や利尿剤を投与する。心房細動があればジギタリスを併用する。後負荷を軽減させる目的でアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬による血管拡張療法は有効である。中等度以上の逆流を有する例で無症状の場合でも、血管拡張療法による定期的な経過観察が望ましい。急性の僧帽弁閉鎖不全症で、内科的に心不全のコントロールがつかない場合は緊急手術が必要となる。

b. 外科的治療:
•一般に、NYHA心機能分類Ⅲ度以上、Sellers分類Ⅲ度以上、カラードプラ法で高度逆流を認める例は手術適応となる。
•その際、術前の心機能が、術後の回復に大きく影響する。
•左室駆出率50%以下、左室収縮末期径45mm以上あるいは収縮期末期容積50ml/m2以上になる前の左室収縮機能が保たれている状態で手術を行った方が、術後の経過は良好である。
手術法:弁形成術(valvuloplasty)と人工弁置換術(mitral valve replacement;MVR)がある。
•弁形成術では、自己弁が温存され生理的弁機能が維持され、術後の抗凝固療法が不要であるため、若年女性、特に妊娠を希望する女性には理想的である。現在、僧帽弁逸脱に対しては弁形成術が基本であり、特に、僧帽弁後尖の部分逸脱はよい適応である。
•リウマチ性、広範囲の腱索断裂や僧帽弁逸脱、弁破壊を伴った感染性心内膜炎などは人工弁置換術となる。機械弁の場合には、術後、抗凝固薬(ワーファリン)の内服が必要となる。

■合併症
左房拡大では心房細動を合併しやすい。しかし、同じ左房拡大を示す僧帽弁狭窄症に比べて左房内血栓の合併は少ないとされている。これは、僧帽弁逆流により左房内の血液のうっ滞が緩和され、血栓が形成されにくい状態となるためと考えられる。僧帽弁逸脱では、感染性心内膜炎や腱索断裂を合併しやすい。

■経過、予後
•慢性の逆流では、長年にわたり無症状で経過する場合が多い。
•僧帽弁逸脱で高度逆流の場合、年間死亡率は6.3%と冠動脈3枝病変に匹敵するほど高い。
•10年間の発症率はそれぞれ、心房細動30%、心不全63%、死亡もしくは手術90%と内科的治療には限界がある。
•急性の腱索断裂で重症心不全を発症した場合、すみやかに手術を行わないと予後は不良である。
•急性心筋梗塞に合併した乳頭筋完全断裂の場合は致死的である。

■患者指導
僧帽弁逸脱では、感染性心内膜炎を合併しやすいため、抜歯や外科的処置の場合には、抗生物質の投与が必要である。高度逆流では、症状が比較的軽くても、心機能が保たれている状態で手術をするのがのぞましい。僧帽弁逸脱•腱索断裂では、弁置換術を行わず弁形成術で対応できる可能性があるので、術前の評価が重要である。